コレクター、この世界、クリエーター。

 男は女に比べて、コレクター癖が強いらしい。少なくとも、世界の男のことは知らないが、私はコレクターだ。少年時代は、石ころや、今思えば本当に残虐にも昆虫を集めたりしていた。ガムの包み紙や、メンコという絵のついたカードや、ビー玉も集めた。それらは、みんなゲームのツールだ。若い頃は、本を集めた。一千冊まで、タイトル・著者名・出版社と時に感想や所感、書評如きものを書いてノートにつけたが、いつの間にかノート作りは途絶えてしまった。やがて、誰かが作ったものや書いたもの、世界に存在しているものではなく、自分の頭の中にあるイメージやアイディアを図象や絵にし、自分の生きた時々を、その思いを、文字の塊に変換して形を持たせ、私は、自分の人生をコレクトし始めた。それが、かれこれ数十年と続いている。

 その時は、気づかない意識もしない、後になって、今になって初めて気づく色があり、形があり、香りや臭おいがある。今は分からないけれど、この「今」は、格別に素晴らしい時を生きているかもしれない。歳を重ねるごとに、はっきりしたたくさんの愛情、感情の対象に、はっきりとした行動をもってその愛情と感情に対処し、表現することで毎日が本当に忙しくなっている。それは、若い時のように妄想なのか、欲望なのか、愛なのかわからない化け物のような思いに、センチメンタリズムやナルシズムやペシミズムで、ぐちゃぐちゃとした中途半端な対処と行動で、いつの間にか時は流れていましたというような日々ではない。きっと、ずっと後になった時、そんな今の生活は、若い時よりも、きらきら輝いているに違いない。

 昔は良かった話は、自分が話すのも空しく、聞くのも悲しい。

 いつだって、いつの時代だって、この人生は眩しくキラキラしているってこと。この私たちの生きている世界は、宇宙でたった一つのもと、まぶしくキラキラ輝く一度きりの出来事だけで溢れかえっている夢の国のように美しい、メリーゴーランドのように楽しい世界だ。きらきらまぶしく輝く宝物で溢れるこの日常、この世界は、コレクトしようとしてもしきれない、コレクターお手上げのこの世界だ。

 その宝物が見えない人のために、色や形をつけ、コトバに還元して形を持たせて目に見えるようしてあげるのが、絵描きさんや文書きさんたち、さまざまなクリエーターと呼ばれる人たちの仕事だ。

  個人的趣味で言わせてもらえば、人生の「今が一番、大好き」と、言える感じているそういう人が私は好きだ。